↑ゆかむりギャラリー 尾崎翠資料館
尾崎翠(おざき みどり)という小説家をご存知でしょうか?尾崎翠は大正から昭和初期に作品を残した小説家で、作家活動は短かったものの類稀なる文才と波乱に満ちた生涯の人だったようです。私が尾崎翠を知ったのはある仕事の打ち合わせをしている時でした。今日はその話を少し……
この日、私はある衣装家の方と打ち合わせをしていました。私はとても興奮していました。まさかまさかこの方とご一緒できる日がくるなんてと思うほど尊敬してやまない方でした。連絡先はどこにものせてらっしゃらないのでたぐりたぐり調べ、断られる覚悟でかけた一本の電話で「一度会ってみましょう」という運びとなったのです。
初対面の日。その方は約束の時間より先に席についてらっしゃいました。すごい存在感でした。私も早めに行ったものの、さらにその前にいらしていたとは……厳しい方だと聞いていたので冷や汗ものでしたがとてもスマートな方でした。青山のカフェだったのですが、そこから閉店の時間まで二人っきりで約5時間。時間が過ぎるのはあっという間。
仕事の話はものの数分で終わり、あとは芸術、映画、旅の話。私は話についていけるか不安になり、いや、ついていけるばずもなく、オーダーしていたアイスコーヒーを最初に一口飲んだだけで、終始聞き漏らすまいと集中して聞いていました。後にも先にもこんな刺激的で興奮した時間はありません。そんな中、故郷の話にもなり「私の故郷は鳥取です」と言ったら、すかさず「あなたは"尾崎翠"という小説家を知っていますか」と聞かれました。……えっ名前すら聞いたことがない。私は「すみません。存じ上げないです。」と答えたら「あなたは自分の故郷の小説家も知らないのですか」と。汗……汗
尾崎翠は鳥取出身の小説家で、素晴らしい小説家だとおっしゃいました。私はただ「同郷」というだけで嬉しくなり、そして直ぐにでも知りたいと思い、打ち合わせが終わって、即、書店に向かい尾崎翠の『第七官界彷徨』(だいななかんかいほうこう)を探しました。生憎、在庫がなく、取り寄せとなってしまいました。
↑岩井温泉
間もなくして休みが取れたので、その本を持って、実家のお墓参りに帰りました。そこで尾崎翠の生まれ育った場所に行ってみることにしました。鳥取に帰る前に尾崎翠のことを調べると生家は鳥取県岩美郡岩美町にある西法寺というお寺だと知りました。そして、そこは1300年の歴史を誇る山陰最古の温泉「岩井温泉」だと知り、宿を取って、尾崎翠と温泉を堪能することにしました。
↑旧岩井小学校校舎(明治25年(1892) 鳥取県最古の擬洋風建築)
墓参りを終え、JR山陰本線の列車に乗りこみ、一人、岩井温泉へと向かいました。宿にチェックインしてから、まず先に「西法寺」へ。ここが彼女の生まれ育った場所なのかとしみじみ眺めていたら、女性の方が声をかけてくださり、ことの事情を話すと親切にいろんな話を聞かせてくださいました。まだ本も読まずして、先に生家に向かうなんて、なんともおかしな話です。夕暮れになりお寺の鐘がゴーンゴーンと鳴り響き、時が止まったかのようでした。それからお寺を出て、夕飯の時間まで近所をゆっくり散策することにしました。尾崎翠が通った小学校(旧岩井小学校)の校舎は健在で、地域の家や蔵なども情緒あふれるものでした。
↑酒屋(瑞泉は鳥取の銘酒)
↑散策中に見た蔵
本は移動中に読みながら来ました。宿で読むのを楽しみにしていたのですが、この年はカメムシが大量発生し、部屋のあちこちに出没するカメムシ退治に奔走し、本どころではなくなりました。
この"カメムシ退治"も今となっては笑い話。宿の方に教わったカメムシの退治方法が、箸でつまんで瓶に入れるというなんとも古典的な方法。布団にいるわ、布団の中にもいるわ、トイレにいるわ、スリッパにもいるわで退治不可能。結果、ほとんど寝れず。カメムシってどんな隙間からでも入ってきて、興奮すると悪臭が凄まじく、臭いが付くとなかなか取れないんですよね。(俗称 : 屁コキムシ)あっ……話それましたね。カメムシ騒動で寝不足のまま、翌朝、尾崎翠資料館に立ち寄り、また近所を散策してから家路につきました。
↑夜の岩井温泉
尾崎翠のことは教えていただかなければ、おそらく一生知ることはなかったと思います。「あなたは自分の故郷の小説家も知らないのですか」ドキッとする言葉ですが、私にとってはありがたい言葉です。何故なら"知る"ことができたからです。
あれから随分時が経ち、いま読書熱が出てきたところなので、あらためて『第七官界彷徨』を読んでみようと思います。ちなみに『第七官界彷徨』は、人間の第七官にひびくような詩を書きたいと思う少女の話です。第七官とは第七感のこと。人間には視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感がありますが、感覚ではなく感覚器官を示す場合は「五官」と書くそうです。虫の知らせやインスピレーションなどは五感を越えた第六感(シックス・センス)といい、第六感のさらに上をいく第七感とは?はたしてどんな感覚なんでしょうね。そして、第七官にひびく詩……よくそんなことを考えたものです。凡人の私は何度も何度も読まないとすぐには感じとれない小説。また今、興味深く読もうと思います。
今日のブログは書きながら当時の興奮した記憶がよみがえりました。そして、しばらく帰れていない故郷のことを思い出してセンチメンタルな気分にもなりました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。#衣装家と小説家との出会い
うま読書
All photos by umauma
尾崎 翠(おさき みどり、1896年(明治29年)12月20日 - 1971年(昭和46年)7月8日)は小説家。 作家活動は短かったが、今なお斬新さを失わぬ彼女の作品は、近年になり再評価が進んでいる。(Wikipedia引用)